大石邸長屋門
浅野赤穂藩の家老、大石家三代の屋敷の長屋門で、屋敷は畳数にして308畳の広大な邸宅でした。浅野内匠頭の刃傷事件の際、その知らせを持って早かごで駆けつけた早水藤左衛門、萱野三平が実際にたたいたのもこの門です。享保14年(1729)、建物の大半が火災に遭いましたが、長屋門だけが焼失をまぬがれ、その後建て替え等を経て数少ない江戸時代建築として現在も城内に残っています。